昭和 23年 三浦マーク製作所として創業し、刷込マーク版を製造する。
昭和 33年 現在地へ移転し、有限会社三浦マークを設立する。
昭和 45年 粘着ラベルの印刷に着手する。
昭和 55年 シール印刷機を導入し、多色ラベルの製作を開始する。
昭和 62年 本社ビル完成。
平成 4年 北海道広尾町に工場完成。印刷設備を移設増設して稼動する。
平成 17年 広尾工場を分社化し、「有限会社 北海道ラベル印刷」としてスタート。
営業所を横浜市中区石川町に移転。
三浦マ―クは戦後復興期の昭和23年に三浦修正(故人)が横浜市中区山下町にて創業致しました。正確な月日は定かではありませんが、創業時の社名は"三浦マ―ク製作所"でした。当時、横浜港から海外へ輸出される貨物の荷姿は主に木箱でしたが、その木箱の外装には貨物を識別するためのマ―ク(シッピングマ―ク)が表示されていました。このマ―クを木箱に印刷する方法の一つとして刷り込みマ―ク鈑(ステンシルマ―ク)が用いられており、このマ―ク鈑を製作するのが三浦マ―クの仕事でした。(商品案内:ステンシルマ―クの項参照)昭和33年に横浜市中区元町へ移転し、有限会社三浦マ―クとして法人設立しました。日本の経済成長に伴い輸出貨物の量も増加の一途をたどりましたが、貨物の梱包形態の主流は木箱から段ボ―ル箱へと代わり、外装マ―クの表示方法も刷り込み方式から直接印刷又はラベル貼り方式へと代わって行き、昭和40年代後半ごろからは粘着ラベルの印刷も行うようになりました。昭和55年に多色刷りラベル印刷機を導入して本格的にラベルの製作を開始し、以後シ―ル印刷業へと業態を変えて行きます。(商品案内:シ―ル・ラベルの項参照)昭和59年初代社長の死去にともない二代目社長として三浦順治が就任致します。シ―ル・ラベル印刷への分野を手がけたことで、これまでの港湾物流関係の表示物は勿論、食品、雑貨、電気部品としてのラベルなど幅広い需要に恵まれて年々生産設備も増加して行きました。もともと横浜元町という商業地区でのもの作りでしたので作業場の拡張にも限界があり、更にバブル期に入ると人材の確保も困難になり、いよいよ工場の移転を検討することになります。平成4年、縁あって北海道広尾町に工場を建設、印刷関連設備を移設して製造ラベルの90%近くを広尾工場にて生産出荷しております。また北海道十勝圏を中心に道内の市場開拓に取り組んでおります。早くからプリプレス(印刷前行程)をはじめとするデジタル方式を積極的に導入し、印刷行程の省力化や品質の向上、小ロット短納期に対応出来る生産体制を整えております。(商品案内:DPC参照)また受注生産が主流のラベル業界にあって粘着機能を生かした独自の商品開発にも力を入れており、企画提案型の製造業を目指しています。そして何といっても創業時のステンシルマ―クをなんとか復活させたいという思いから取り組んだのがレ―ザ―加工製品です。当時の手彫り方式からデジタルレ―ザ―加工方式へと大きく変わりましたが、切り文字や図柄の持つ魅力には味わい深いものがあります。(商品案内:レ―ザ―カ―ド)三浦マ―クはお陰様で創業から60年を経ました。その時々によって作ってきたものはいろいろですが、根底にあるのは"モノづくり"と"表示"です。いつの時代にも社会のお役に立ち、また世の中から必要とされる企業でありたいと願いつつ日々努力させていただいております。